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IPOでの労務監査とは? 流れや確認される項目を解説

IPO 労務監査
IPOでの労務監査とは? 流れや確認される項目を解説

企業の労務管理状況を客観的に把握し、違反があれば改善につなげる労務監査は、IPO(新規上場株式)の準備段階に行われます。労務管理は上場審査の重要な観点であり、労務監査を行えば、問題点や課題点を改善した上で上場審査に臨むことができます。では、労務監査はどのように行われて、企業はどのように対応すればいいのでしょうか。
本記事では、IPOにおける労務監査の必要性や流れ、実際に確認される項目などについて解説します。

労務監査とは、企業の労務管理について調査すること

労務監査とは、従業員の労働環境や労働条件について企業が行っている管理状況ついて、客観的に調査することです。監査対象の企業が労働法規や社会規範に違反していないこと、就業規則に反した管理をしていないことを、社内の専門家や外部の監査法人などが確認します。

成長中のスタートアップ企業がさらなる事業拡大のための融資を検討するタイミングや、事業成長に集中するあまり労務管理をおろそかにしてきた企業が体制を見直すタイミングなどで行われるケースもありますが、IPOの準備段階で行われるのが一般的です。

IPOに向けて労務監査が必要になる理由

IPOにおいて労務監査は必須ではありませんが、IPOの審査をスムーズにクリアするためには、労務監査の実施は不可欠です。

IPOの審査基準には、時価総額や株主数、利益額といった定量的な基準を審査する形式要件と、継続性、収益性、健全性、ガバナンスの有効性、開示情報の適正な開示といった上場会社としての適格性を見る実質審査基準があります。IPOを目指す企業は、形式要件を満たした上で、実質審査基準をクリアしなければなりません。実質審査基準では、労務管理を含めた「経営の質」も重視されます。

従来は、形式要件を満たしていれば上場審査を通過できるケースもありました。しかし、その動向が多くの利害関係者に影響を与える上場企業には、非上場企業以上に法令や社会規範を遵守して企業の社会的責任を果たすことが求められるため、実質審査基準の重要性も高まっています。

万が一、従業員の通報などによって労働基準法や労働安全衛生法、最低賃金法などの違反が顕在化した場合、企業の信頼性は大きく損なわれて経営にダメージが及び、利害関係者の損失を避けることはできません。IPOの際に、主幹事証券会社から「社会保険労務士など第三者の専門家による労務監査を受けるように」と指示されるケースが増えているのも、このようなリスクが懸念されているからです。

労務監査により、経営者や役員、従業員の労務管理に対する意識が高まり、自浄作用を備えた組織として、パワハラや過重労働などのトラブルを未然に防止できることが期待できます。

労務監査の流れ

労務監査は、一般的には一定の流れに沿って行われます。その流れを大別すると、実施準備、監査実施、監査報告の3ステップに分けられます。

1.実施準備

労務監査では、実際に監査業務に入る前に、監査の進め方や方針などを決める実施準備を行います。実施準備として行われるのは、主に下記の4点です。

労務監査の実施準備の内容
  • 監査の目的・範囲・機関の決定
  • 監査対象書類の確認
  • 推進役の決定
  • 関係者による事前打ち合わせ

2.監査実施

実施準備を行ったら、監査を実施します。監査業務は、一般的に下記の方法で行われます。

労務監査の監査業務の内容
  • 従業員へのヒアリング
  • 書面での監査
  • アンケート調査

監査が終了したら、結果をまとめた報告書が作成されます。

3.監査報告

監査を実施して、報告書の作成が完了したら、書面に基づく監査報告が行われます。監査報告では、監査報告書を関係者に提出し、改善が必要な項目について対応が検討されます。企業側は、IPOの審査に通過するために、指摘された項目について改善を行わなければなりません。

IPOに向けた労務監査実施のタイミング

IPOに向けた労務監査は、1回行えば良いというわけではありません。下記の2回のタイミングで、労務監査を実施しましょう。

IPOに向けた労務監査実施のタイミング

直前々々期(N-3期):監査法人などがショートレビューに入る前

最初の労務監査は、監査法人などがショートレビューに入る前に行います。ショートレビューとは、IPOを検討する企業が抱える課題の洗い出しを目的として行われる調査のことです。

課題が山積している企業のショートレビューには時間がかかり、トラブルも増えることが予想されるため、監査法人などにショートレビューを受けてもらえないケースもあります。あらかじめ労務監査を行って改善しておけば、労務に関する問題がクリアになっていることをアピールでき、ショートレビューを依頼しやすくなります。

直前期(N-1期):上場申請の直前

労務監査を行う2回目のタイミングは、上場準備が整い、申請をする直前です。労務に関連する法律は頻繁に改正されるため、直前々々期(N-3期)から直前期(N-1期)までのあいだにも法規制が変わるかもしれません。N-3期では問題なかったことが、改正によって違法になる可能性もあります。最新の法律に則った労務管理で上場審査に臨むため、必ず2回目の労務監査も行いましょう。

労務監査で確認される項目

労務監査では、主に就業規則の内容とその運用の妥当性、給与計算・勤怠管理の状況、ハラスメント対応などの職場環境、労務帳票・規定類などの書面の整備状況が確認されます。

特に、労務管理で問題になりやすい下記の8点は、重点的にチェックされます。下記を参考に自社の状況を見直しましょう。

未払い残業代はないか

未払いの残業代は、IPO準備のための労務監査において重点的に調査される問題です。

残業代の未払いがある場合、企業は原則として3年までさかのぼって未払い分の残業代を支払わなければなりません。対象は在職者だけでなく退職者も含まれるため、人数によっては膨大な簿外債務が発生することもあるのです。

未払い残業代が発生する理由は様々で、自社では適切に対処しているつもりでも、調べてみると実は残業代が未払いになっているというケースも少なくありません。タイムカードを導入しているものの実際の労働時間と打刻時間に乖離があるケースや、割増賃金の計算方法が間違っているケースなど、従業員や担当者のミスで未払いが発生していることもあるため、入念な確認が必要です。

36協定の締結と届出はあるか

IPOに向けた労務監査では、36協定を締結して届出をしているかといった点も確認されます。

36協定とは、従業員と企業などの使用者が労働基準法第36条に基づいて締結する「時間外・休日労働に関する労使協定」のことです。労働基準法は、労働時間について「1日に8時間以内、1週間に40時間以内」と定めており、企業は、この法定労働時間を超えて従業員に仕事をさせたり、休日労働をさせたりすることはできません。

1日の労働時間が8時間を超える場合や、週の労働時間が40時間を超える場合、または休日に労働させる必要がある場合は、36協定を結んで以下の事項について取り決めをする必要があります。

36協定での取り決め事項
  • 時間外労働・休日労働を必要とする具体的な事由
  • 時間外労働・休日労働を行う必要がある業務の種類
  • 時間外労働・休日労働を行う労働者数
  • 時間外労働の延長時間
  • 労働する法定休日の日数と始業時刻、終業時刻
  • 36協定の有効期間

上場企業には過重労働に対する対策の見直しが求められるため、時間外労働や休日労働の可能性が少しでもある場合は、必ず36協定を締結し、労働基準監督署に届け出る必要があります。36協定の締結や届出をしておらず、労働基準監督署から是正勧告を受けるケースも散見されるため、勧告を受けたら速やかに対応しましょう。

時間外労働の上限規制は遵守されているか

IPOのための労務監査では、時間外労働の上限規制は遵守されているかも重点的に確認されます。36協定を締結すれば、従業員に法定労働時間を超えて働いてもらうことも可能ですが、時間外労働にも上限があり、原則として月45時間、年360時間を超える時間外労働は許されません。

また、長時間にわたる時間外労働は、労働基準法違反による法的なリスクのみならず、労働生産性の低下、従業員の心身の不調による休職・離職の増加といった問題をはらんでいます。長時間労働に起因する過労死をはじめとした労働災害が発生すれば、企業に対する社会的信頼が低下して上場審査に通過できないリスクも高まる上に、損害賠償が請求されることもあります。

有給休暇の取得義務は遵守されているか

有給休暇の取得状況も、IPOに向けた労務監査で重視されるポイントです。

有給休暇は、雇用後6か月を経過した従業員が全労働日の8割以上出勤していた場合に、10日付与されなければならないと労働基準法で定められています。その後、勤続年数が長くなるにつれて1年間で付与される有給休暇の日数も増加し、最大で年間20日付与されます。

2019年4月からは、労働基準法第39条の改正によって、年10日以上の有給休暇が付与されている従業員について、年5日以上の有給取得が義務付けられました。よって、労務監査では、単に有給を付与するだけでなく「取得しやすい環境を整え、実際に取得させているか」がチェックされることになります。

ハラスメント対策を含めた安全理性管理体制は万全か

ハラスメント対策を含めた安全理性管理体制は万全かといった点も、IPOに向けた労務監査では確認されます。

2020年6月に「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」(労働施策総合推進法)の改正により、職場におけるパワーハラスメント防止対策が事業主に義務付けられました。また、2015年12月からは、常時50人以上の従業員を雇用する全事業場に年に1回、ストレスチェックの実施が義務付けられています。

万が一、ハラスメント対策やストレスチェックを怠ってメンタルヘルス不調者が出た場合、安全配慮義務を問われる可能性があります。IPOを実現するには、パワハラに対する相談窓口を設置するなどして不安の解消に努めると共に、従業員の心身の健康に気を配り、働きやすい環境づくりを進めることが重要です。

雇用契約は締結されているか

IPOに向けた労務監査では、雇用契約書に基づく雇用契約の有無が確認されます。

雇用契約は、口頭でも使用者と労働者の同意が得られれば結ぶことができますが、双方の認識の違いがトラブルに発生する可能性があるため、書面での提示が望ましいとされています。労務監査でも、そのエビデンスとなる雇用契約書の提示が必要です。従業員を雇用する際は、必ず雇用契約書を交わしましょう。

就業規則などの労務関連規程は整備されているか

IPOに向けた労務監査では、人事労務に関する規程が整備されていること、および従業員に周知をした上で運用されていることも重要なポイントです。

労務監査では「ルールが適切に設定されているか」「ルールに基づいて休業の取得などができているか」といった点がアンケートやヒアリングで確認されます。就業規則をはじめ、育児休業や介護休業に関する規程、給与規程など、必要な規程がひと通り整備されていることを確認しましょう。

また、一部の中小企業などでは、整備された規程と実態が乖離しているケースもあります。ルールが整っていても実態が追いついていないと上場審査の通過は見込めないため、運用面も確認して、不備があれば改善することが重要です。

社会保険に加入しているか

従業員の社会保険の加入漏れは、IPOの労務監査で重視される問題の1つです。特にパート・アルバイトを雇用している場合は注意が必要です。

2024年10月から、従業員数51~100人の企業で働くパート・アルバイトも社会保険の適用対象になりました。社会保険への加入義務があるにもかかわらず未加入の従業員がいる場合、過去2年間にさかのぼって未払い分を支払わなければなりません。未払い社会保険料が膨らまないよう、監査で指摘を受けた後は早急な対応が求められます。

労務監査に向け、IPOの壁になる労務リスクを改善しよう

IPOを目指す企業にとって、労務に関する問題は大きなリスクです。IPOを速やかに実現するためにも、労務監査を適切に行って、IPO審査に備えましょう。

特に、残業代の未払いは、IPO審査で指摘されると審査の通過が難しくなります。未払い残業代をなくすため、従業員の正確な労働時間の把握に努めなければなりません。

インターコムの「MaLion」シリーズは、従業員のパソコンの稼動ログデータを収集できるため、客観的なデータを用いた労働管理に役立ちます。各種勤怠管理システムとWebAPIで連携することで、勤怠システムのタイムカードの打刻時間をシームレスに取り込み、パソコンの稼働ログと照合することが可能です。これにより、タイムカードで退勤の打刻をした後にパソコンで隠れ残業するケースなどを発見できるようになるため、実態に即したタイムカードの運用がなされているかどうかを判断でき、未払いの残業代を発見しやすくなります。
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